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東京高等裁判所 平成6年(ネ)4916号 判決

控訴人

株式会社トーシンオート

右代表者代表取締役

小川信蔵

右訴訟代理人弁護士

千葉睿一

被控訴人

植田悦康

右訴訟代理人弁護士

栃木敏明

松山正一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。右取り消し部分に係る被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、理由中の判断の冒頭に掲記するもののほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

三  証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する請求は原判決認容の限度で理由があるものと判断するが、その理由は、以下に付加ないし敷延するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを、引用する。

1  まず、被控訴人は、平成四年五月一日被控訴人と控訴人代表者小川信蔵(以下「小川」という。)との間において、被控訴人を被保険者とする生命保険の解約返戻金を被控訴人の退職金とする旨の合意をした旨主張し、控訴人はこれを否認する。

しかしながら、小川の原審における供述中には、平成四年五月一日税理士をしている兄小川旭に電話をして生命保険の解約について尋ねたことがあり、それは、被控訴人が退職することになったので、控訴人会社として財政事情が許す範囲で多少なりとも退職金を払いたいので税務上問題がないかどうかを問い合わせたものであること、右問い合わせの前に被控訴人から退職金代わりに生命保険の解約金を払ってほしいという話しがあったこと、その後、五月二〇日前後になって、小川は、被控訴人が控訴人会社の全顧客に対して、円満退社して独立したという挨拶状を送ったことを知って非常に不快感を覚え、同時に同じ五月二〇日ころ、被控訴人が控訴人会社として売り上げたリース売上を自分の新会社に全部持って行ってしまった事実が分かり、それ以降小川は被控訴人に対して退職金を支払う気持を失ったこと、休日にわざわざ兄に電話をしたのは、小川としては円満退社を条件に被控訴人に多少でも慰労金を払いたいと思っていたからであること、以上の趣旨を述べる供述部分があり、これらの供述部分と被控訴人本人の原審における供述を総合すれば、平成四年五月一日に被控訴人と控訴人との間において被控訴人を被保険者とする生命保険の解約返戻金を被控訴人の退職金として被控訴人に支払う旨の合意が成立したものと認めることができる。その他控訴人は、右合意は成立していないというが、その根拠に乏しく、右主張はひっきょう原判決の事実認定を縷々非難するものにとどまり、いずれも理由がないものである。

2  次に、控訴人は、被控訴人に対する本件退職金については株主総会の承認決議がないところ、本件において右承認決議のないことを主張して退職金の支払を拒絶できると主張し、被控訴人はこの事由をもって退職金の支払を拒絶することは、信義則に反すると主張する。

しかし、小川及び被控訴人本人の原審における各供述によれば、控訴人会社の株主は小川及び被控訴人以外はいずれも小川の親族である小川の妻繁子、兄喜久治及び同じく兄旭の三人であり、これらの者は株の配当は受け取っていたもののその余の株主権を行使したことがなく、実質的に株主権を行使して控訴人会社を運営していたのは小川一人であって、現に株主総会は控訴人会社では一度も開催されたことがないのである。もとより控訴人会社においても、毎決算期に貸借対照表、損益計算書、利益の処分に関する議案(これによって配当金が決定されるものである。)等の計算書類が作成されていたのである(甲第四ないし第八号証)が、これらの計算書類を承認する株主総会は一度も開催されたことがなかったものであり、また、被控訴人は現実に控訴人の取締役として約一三年働き、その取締役としての報酬も得て来たのであるが、被控訴人を控訴人の取締役に選任するための株主総会及び被控訴人の取締役としての報酬を決定する株主総会は開かれなかったものであって、これらはすべて唯一人実質的に株主権を行使して控訴人会社を運営していた小川の意思に基づいて決定されてきたものである。

ところで、取締役の報酬を株主総会の決議によらしめた趣旨は取締役ないし取締役会のいわゆるお手盛りの弊害を防止し株主の利益を保護することにあることは明らかであるから、株主総会の決議事項について株主総会に代わり意思決定する等実質的に株主権を行使して会社を運営する株主が唯一人である場合に、その一人の株主によって退職金の額の決定がされたときは、実質上株主保護が図られ取締役のいわゆるお手盛りは防止されることになるわけであり、したがって、株主総会の決議がなくてもこれがあったと同視することができるというべきであるのみならず、控訴人会社のように、株主総会が一度も開かれず、計算書類の承認、取締役の選任、退職金を除く取締役の報酬の決定等法律上株主総会の決議でなすべき事項がすべて小川によって意思決定されてきた場合には、他の株主は小川に対して株主総会の決議でなすべき事項の処理をゆだねていたものといわざるを得ないから、前示事実関係のもとでは、小川が決定した退職金について株主総会の決議の欠缺を主張してその支払を拒むことは、信義則上許されないものというべきである。控訴人は、その他本件退職金について株主総会決議の欠缺を主張することも許されるとして縷々主張するが、いずれも独自の見解を前提とするものであって、採用することができない。

五  よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達德 裁判官 伊藤瑩子 裁判官 佃浩一)

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